祈れば眠るアベマリア。

彼は生まれていなかった。だから死んでもいなかった。
彼は一歩足を踏み出す。宙から足が離れる。違和感。そういえばこの間地面が逆さまになったばかりだ。慣れない感覚。「たぶんこの世界が終わるまで慣れないね」
彼の頬を伝った涙はプラムの汁と一緒になって凍えながら神様のワイングラスへと落ちて逝った。でも神様は彼のことなんて知らない。「祈れば神様が救ってくれるんだって母さんは言ってたけど」
ノアの元へ帰ってこなかった白い鳩は葡萄を食べながら子孫を脈々と伝え、彼の近所の公園にもちゃっかり居座っている。でも神様に選ばれたノアの事なんて彼は知らない。「ロザリオは好きだよ、格好いいから」
神様は彼が久しぶりに白パンにありついた事なんて知らない。彼は神様の六日間の苦労の事なんて知らない。
「僕は世界を信じない。みんなみんな嘘つきばかりだ、ましてや神様なんて」
「この世界は僕を駄目にするよ」

結局彼は昨日と共に葬された、果たして明日は来るか。(またあしたとてをふってはしっていったきみのことがわすれられません)